tomo’s room

日⇔英翻訳者のデジタル日記帳。毒に免疫ない方、キラキラ好きな方、入室ご遠慮くださいませ。

「習えばどうにかなるかも」という気持ちは捨てなよ 1

これまで、いろいろな講座や学校に通った。

 

真剣な気持ちで学びに来る方もいる一方、

習いごと好きな方と

「習えばどうにかなるかも」的な方がいる。

 

甘いよなぁ。

 

先生につけば、

一定のレベルまで導いてもらえるかもって。

なんか素敵な世界が待ってるかもって。

 

そんな姿勢で、何が身につくんだろう?

 

学びの場で教わるのは、基本の基本の「き」。

 

スキルとも言えないもので、

授業を受けた後も、受ける前のゼロの状態とたいして変わりない。

 

自力で身に着けていかなければいけないことばかり。

 

応用力、問題解決能力、持久力、マネジメント。

センスとか勘。

こういったものは、どんな有能な先生だって教えられない。

 

自分で経験して、発掘して、鍛錬して、育てていくものだ。

 

教わったことを身につけるプロセスだって、地道なもの。

剣道や茶道などで、修業における段階を示したもの。「守」は、師や流派の教え、型、技を忠実に守り、確実に身につける段階。「破」は、他の師や流派の教えについても考え、良いものを取り入れ、心技を発展させる段階。「離」は、一つの流派から離れ、独自の新しいものを生み出し確立させる段階

守破離(シュハリ)とは - コトバンク

 

守破離」っていうけれど、

だいだいは基本のきも身につけないまま、

「卒業しました!」となる。

(それ、卒業でなくて、中退だろ……)

 

それに、実践すれば、

分からないことなんで山ほど出てくる。

 

その時々の手持ちのカードで勝負して、

自力で問題解決能力を育てていくしかない。

 

習ってもどうにもならないことのほうが、圧倒的に多い。

 

それが分かっても、あなたは習いに行くのかな。

 

それとも、「習いごとしてる」「仲間ができて楽しい」っていう

雰囲気を楽しみたいだけかな。

 

それだけのことに時間とお金を投じるのは、

もったいない気もいたしますがね。

 

いかがでしょうか。